広奈国朝廷 のバックアップ(No.2)


順正帝(じゅんせいてい)(1390-1445)は、広奈国第9代皇帝(在位1412-1445)。諱は、詮敏(あきとし)。父は、第8代皇帝 天祥帝(てんしょうてい)、母は、その側室 経子(つねこ)。早世した、前皇太子 詮宣(あきのぶ:景徳太子)の異母弟にあたる。「順正」は、治世時代の元号。

治世中期に発生した大旱害や疫病、順正大地震をよく乗り越えたが、災害に見舞われた期間を挟んで敢行した四度の亜州遠征は成功せず、最終的には国力を著しく衰退させた。

さらに、皇太子である詮誠皇子を次第に疎んじて、詮文皇子を太子に据えようと目論見、帝位継承争いの原因を作った。

1445年(順正34年)、左大将 名島詮時(なじま・あきとき)によって弑殺される。このいわゆる名島の乱以後、広奈国では群雄割拠が進んだ。

能力

外交内政統率戦闘智謀教養魅力
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